水戸地方裁判所土浦支部 昭和38年(わ)39号 判決 1963年6月13日
被告人 岩井博
昭一二・一〇・一三生 水道工事手伝
主文
被告人を懲役三年に処する。
但しこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。
右期間中被告人を保護観察に付する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は家業の水道工事請負業の手伝をしているものであるが、昭和三八年二月二七日工事代の集金約三万三千円を持つたまま無断で家を飛び出し、関西方面を旅行し、三月一日帰京、翌二日茨城県取手競輪場で所持金の殆んどを使い果たしてしまつたため、人家に押入つて金員を強取する以外にないと考え、同日午後五時三〇分頃同県北相馬郡取手町大字台宿字不動台六三九番地所在の岡田宏方に赴き、同家の妻とみ子(当三二年)に対し架空の吉田という家の所在を尋ねるふりを装い同家の様子を窺つて一旦引き返したが、同女以外に家人がいないことを見極め、同五時四五分頃同家の裏側に廻り風呂場の入口から同家内に侵入したところ、物音をきいた右とみ子が風呂場とすぐ続きの台所に出て来て大声を上げたため、矢庭に同女に皮手袋(昭和三八年押第一三号の二)をはめたままの右手で強くその左頸部を、左手で右肩を押えつけ、そのはずみで倒れた同女の上に乗りかかる等の暴行を加え、更に近くに下げてあつた庖丁の方に右手をのばす等して同女を脅迫した上「金を五千円出せ、そうすればおとなしく帰る」と申し向け同女の反抗を抑圧して金員を強取しようとしたが、同女が隙をみて逃げ出したため、その目的を遂げなかつたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人の判示所為中住居侵入の点は刑法第一三〇条、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号に、強盗未遂の点は刑法第二四三条、第二三六条第一項に各該当するが、以上は犯罪の手段と結果の関係にあるから同法第五四条第一項後段、第一〇条によりそのうち重い強盗未遂罪の刑に従い、同法第四三条本文、第六八条第三号により未遂減軽をした刑期範囲内で被告人を懲役三年に処し、本件犯行は初犯であつて改悛の情が顕著であり、両親も被告人の更生に努力すると誓つており、また被害は軽微であつて、被害者も被告人を宥恕している等諸般の情状を考え合せ、とくに同法第二五条第一項第一号によりこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予することとし、被告人を指導監督し、その更生を図る必要があると認め、同法第二五条ノ二第一項前段により右期間中被告人を保護観察に付し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人の負担とする。
なお判示認定の強盗未遂の点についての本件公訴事実は強盗傷人をその訴因としているので以下この点について若干付加説明すると、強盗傷人罪における法定刑は「無期又は七年以上の懲役」と他の犯罪類型に較べて甚だしく加重されているので同罪の構成要件とされている傷害の概念もそれに相応して解釈すべきところその点から考察すれば傷害罪における傷害が広く人の生理的機能に障害を与えた場合一切を含むと解釈されているのと異なり強盗傷人罪におけるそれはかなり顕著な生理的機能障害の生じていることが必要と解釈すべきであり、その程度に至らない生理的機能の傷害は強盗罪における暴行が被害者の反抗を抑圧するに足る程度のものであることが要件とされていてその内容はかなり強度のものが予想されていることに鑑み、右の暴行の概念の中に当然包含されるものと解することが妥当である。これを本件についてみると、第三回公判調書中証人岡田とみ子の供述記載、岡田とみ子の司法警察員に対する昭和三八年三月四日付供述調書並びに医師草間邦夫作成の診断書を綜合すれば、被告人の判示暴行によつて岡田とみ子の左頸部に長さ一・五糎、巾一糎の赤疹が生じたことが認められるのであるが、更に右証人の供述によれば、右の赤疹は特に医師の治療を受けることもなく数日で解消したもので、これによつて特に日常生活に支障をきたしたような事情も認められないのであるから、右の程度の生理的機能傷害は強盗傷人罪の構成要件とされている傷害の程度にまで達したものではなく、単に強盗罪の構成要件たる暴行の範囲にとどまるものと言うべきである。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 山口昇 荒井徳次郎 長崎裕次)